食事は毎日3食365日、そんなに続けることって他にある?

継続は力なりと言いますが、食事ほど人間が継続して行うことってあるでしょうか?1日3食、誰もがしています。2食でも1食でも4食でも、誰もが「食べる」ということは継続していることです。この継続を見逃しすことはとてももったいないことです。日々の食事の中で、私たちはいろいろな事を獲得できるはずなのです。まずは健康、免疫力アップ、体調不良の発見、コミュニケーション、精神の安定等が主なものです。

心理学の世界で解明されている、人間の必要とする4つの愛情というものがあります。それは、①必要とされていること。②自分を受け入れてくれること。③スキンシップ。④一緒に食べる。という4つです。人間が必要とする愛情の中に「一緒に食べる」ということが入っているのです。食べることは栄養だけの話ではないことがお分かりでしょう。これにバランスが加われば、人のストレスはもっと減り、自分の持って生まれた力を最大限に発揮できる人生を歩める事に繋がると思います。

食事は、生きる根幹だということを忘れがちな現代ですが、生きる上でとても大切なことなのです。食べて生きるだけではないのです。人がここまで頭脳を駆使してさまざまな分野を支配してきたということは、人間自身も内側にさまざまな分野を抱えているということなのではないでしょうか。それが頭と心の問題とも言えるでしょう。何気ない食事で、その全てが円滑に進むとすれば、やはり3分で出来上がるものや、チン!で食べられるものばかりでは本当の能力が引き出せないということだと思います。

養生とは「損なわないようにする」という意味があります。もともとは建築用語で、塗装面以外の面を保護するために行うことを意味します。そこから生命を養うという意味で一般的に用いられるようになりました。そして自然界のもので必ず病気も治るといわれる方が、食養という言葉を作りました。食事で身体を保護するという意味合いです。お子さんが小さいお母さんは、日々の生活で精いっぱいだと思いますが、食養の意識で子育てができれば、その子どももまた、大人になった時に自然と食養のできる人となることでしょう。

このように、どんなことも連鎖です。切れ切れに起こることなどありません。その考え方で世の中を見ていけば意味のわからなかったこともわかるようになるでしょう、様々な出来事への意味を知るきっかけが日々の食事であってもおかしくはありません。そのためには、ハンバーガーやレンジでできる食品ばかりではいつまでたっても気づきが訪れません。やはりその土地でできたその時のものを食卓に上げることに大きな意味があるのです。

滋養となるものは、その食物の最高値のエネルギーがみなぎっているときに食することです。夏のお野菜を冬場にハウスで育てたところで、そのようなエネルギーがあるとは思えません。自然の中に生きている私たちは、自然の摂理に添った生き方をしていけば、必ず健康な身体が手に入ります。もちろん、農薬まみれの食物では意味がありません。高価な無農薬製品を手に入れることは困難な人も、旬のものをなるべく選べば、その効果はあるはずです。365日の中の1095回の食事をどう生かすかは、あなた次第ということです。